ポスタービジュアルについて

迫真に満ちた肥満病態のダイナミズムと肥満治療の物語性

伊藤若冲作「蝦蟇河豚相撲図(がまふぐすもうず)」(京都国立博物館蔵)

伊藤若冲作「蝦蟇河豚相撲図(がまふぐすもうず)」(京都国立博物館蔵)

がっぷり四つに組んでいるのは、蝦蟇と河豚。渾身の力で相手を投げ飛ばそうとする蝦蟇に対して、河豚は体を膨らまして耐えています。異色の組み合わせにみえますが、北宋の詩人、梅尭臣は、蝦蟇と河豚を、丸い形をした似た生き物としてその詩に詠んでいます。この掛け軸の賛文には、「お互いが諍いを辞め、自らに克ち礼の心を持てば世界は安静となるだろう」と記されています。両者ともに体に毒を持ちますが、ガマの油、フグ料理、用いようによっては大変貴重なものとなります。

肥満が健康障害リスクとなることが認識されるようになった後、松澤佑次先生が肥満の「量」だけでなくその「質」が臨床的に重要であることを日本から発信されたことは肥満学におけるマイルストーンと呼べる知見であります。今回、第42回日本肥満学会のテーマを「肥満正機説―良い肥満?悪い肥満?」とさせていただきました。本来、脂肪細胞は、食の乏しい時代に、時に得られる余剰エネルギーを効率的に貯蔵し、生命の維持につなげることがその本来機能でした。過食の時代になり、あまりにも多くのエネルギーをため込まなくてはならない事態となって脂肪細胞が“悪玉”になり、肥満症を引き起こす、と言われて久しいですが、いま、「良い肥満、悪い肥満」との考え方も提案されています。皮下脂肪細胞が、本来の脂肪細胞としてのエネルギー貯蔵の役割を果たせないばかりに、内臓脂肪細胞が悪玉化せざるを得ない、という図式です。脂肪細胞のうち、一体誰が悪いのか、どう折り合いをつけることができるのかが、本学会のテーマです。このたび、わたしは、蝦蟇には、悪い脂肪細胞として、炎症細胞浸潤をその体に描きました。一方、河豚には、いい脂肪細胞として、その本来機能を維持するための、生活リズム、腸内細菌、脂肪細胞のベージュ化のイメージを描き入れました。

一方、第39回日本肥満症治療学会学術集会会長をお務めになる東邦大学医療センター佐倉病院外科学 岡住慎一教授は、学会テーマを「Narrativeとして取り組む肥満症治療学―継続とチーム医療」とされました。昨今、 “最初の1000日間”の重要性が叫ばれ、胎児環境、低体重出生時と肥満、生活習慣病の連関や、超・超高齢社会でのサルコペニア肥満の問題など、肥満症は、人生の生から死に至る長編の”物語(narrative)“として捉える必要があることをこのテーマは表しています。また、肥満の発症・進展の長い経過を、率直に語る患者さんとその声に継続的に真摯に耳を傾け対応しようとする多職種の医療従事者チームの間の対話(narrative)の重要性も示されています。そのイメージを、蝦蟇と河豚の相撲を観戦する老若男女の姿として配しました。これらのヒトの形は、中国少数民族ナシ族が2000年以上にわたって現在まで使っている、世界で唯一の「生きた象形文字」、トンパ文字(東巴文字)で描いています。東巴文字は、2003年に世界記録遺産に登録されました。Narrativeを、人間のライフサイクルとしての「生から老」そして、個と個の絆、チームを示す「男女」としてビジュアライズしました。また、摂食や肥満に関わる文字についても、同時に示させていただきました。人間にとって最も高い関心事である「食」の長い歴史を感じ取っていただければ幸いです。

両学会の合同テーマは、「肥満のサイエンス、クラフトそしてアート」といたしました。肥満の原点に立ち返り、余剰カロリー蓄積の生理と病理を見直し、そのサイエンスから、肥満に善悪はあるのか?を敢えて問い、肥満症の撲滅を目指すクラフトを模索し、健康幸福長寿のアートを花開かせたいという思いであります。ちなみに、「トンパ」は、「不死」を意味しています。サイエンス、クラフト、アートのイメージを、わたしが、第34回肥満症治療学会学術集会会長を務めました時のポスター絵を再登場させて示し、テーマ文字に小さく、あしらっております。古来より医学を象徴する二匹の蛇(サイエンスとクラフト)の絡み合いの上に、肥満を、成熟したリンゴとして配しております。リンゴ型肥満、そして禁断の果実―知恵のイメージを重ねたものであります。

慶應義塾大学医学部 腎臓内分泌代謝内科
第42回日本肥満学会 会長
伊藤 裕